看護師として、日本人として人を助ける仕事をしていきたい

シドニーの病院のER(緊急救命室)に勤務
今、シドニーの病院のER(緊急救命室)で看護師をしています。ERはご存知の通り、次から次へとさまざまな症状の患者が運ばれてくる緊迫の医療現場です。オーストラリアの病院のERで働いている日本人の数は少ないため、やりがいと同時に日本人であるという責任の重さも感じています。
もともと、何か人を助けることをしたいと思っていました。日本を離れて約10年が経ちますが、経済的に豊かな日本にいた頃にはわからなかったような貧困が世界の中にはあることを実感したり、いろいろなボランティアを経験したりしながら、人の役に立つことに自分の喜びを感じるようになりました。
最初にしたボランティアは、まだ日本の高校生だった頃、学校の掲示板で募集していた、地元・名古屋で中国残留孤児の方々に日本語を教えるアシスタントでした。これがきっかけで高校卒業後、中国に1年間の語学留学をしました。このとき、同じ語学留学生として出会ったのが、オーストラリア人である現在の妻です。翌年、僕たちは結婚を決めて彼女の生まれ育ったオーストラリアで新生活を始めることにしました。
看護師の資格をめざしてTAFEへ
結婚したことで永住権を取得したので、さっそく現地で仕事をすることができました。同時に地元のボランティア活動にも積極的に関わりました。障害児の乗馬をお手伝いしたり、州立の救急救助隊に加わって災害時の援助活動をしたりと、さまざまな経験ができました。ボランティアは無償ですが、それだけに集まってくる人は自分の利害を考えず他人のために尽くそうとする人たちばかりです。彼らとの出会いは、お金には代えられないもので、いろいろな体験談を聞いているだけでも、いい人生勉強になりました。
そうしたなかで、人を助けることを生涯の仕事にしたいという目標が次第に明確になっていきました。なかでも看護師は、心身ともに助けが必要な人のそばで支えとなる存在。看護師はやりがいのある仕事だと思いました。この国では、就職するのに新卒でなければならないという制約がまったくないので、やりたい仕事があれば、資格を取ったり、スキルを身に付けたりして、いくらでも新しいことにチャレンジできます。そして、資格やスキルを得ようと思ったら、身近にあるのがTAFE。公立の
TAFEは、誰もが気軽に利用しやすい職業教育機関です。僕もTAFEをステップに看護師の道をめざすことに決めました。
TAFEの先生は皆、その道の先輩
TAFEでは多文化社会のオーストラリアらしく外国人も現地人も区別なく多くの人が学んでいます。看護師のコースにも、社会経験を経てからどうしても看護師になりたくて通ってくる人たちもいて、そういう人たちには僕も大いに刺激を受けました。
また、先生は皆、医療現場の経験者なので、先生であると同時に、その道の先輩でもあります。経験にもとづく引き出しをたくさん持っていて、何を質問しても倍にして答えを返してくれるのにはいつも驚きました。きっと看護師としてもよく仕事ができ、頼りにされていたのだろうと想像できる先生方ばかりでした。そうした優秀な先生が後に続く人を育てるために、情熱を注いで教えているのもTAFEの大きな特色です。
経験豊富な先生方が、実際に病院で使われているのと同じ新しいタイプの設備や機器を使って指導してくれる実習は非常に緊張感があり、その都度、気を引き締めて臨んだのを覚えています。TAFEで覚えたやり方が、病院に入ってすぐに役立ったことは言うまでもありません。
いつか日本に戻って外国人に恩返しをしたい
実際に看護の仕事を始めてみると、自分が日本人であることをそれまで以上に強く意識するようになりました。移民が多く、多文化社会のシドニーでは、病院に来る患者さんもいろいろな国の方々がいます。中には戦争などの歴史的な体験から日本人に反感を持っている人もいます。僕自身に直接の原因がないことでも、海外で生活するということは、否がおうにも日本という看板を背負っていることなのだと感じさせられます。自分には国と国との間の大きな問題を解決する力はないけれど、日本人の一人として誠意を尽くして看護をすることで、過去に心の痛手を負った人の傷みを、少しでも癒すことができればと思っています。「日本人に会えてよかった」と思ってもらえるような日本人になりたいですね。
それと僕にはもう一つ大きな夢があります。それは、日本に戻って外国人に優しい社会づくりに貢献すること。オーストラリアでは日本語が通じる救急医療が進んでいますが、日本では英語の通じるメディカルセンターの機能が、情報提供機関にとどまっています。日本では外国人労働者が増えていますが、その支援体制はまだ十分ではありません。僕はオーストラリアに来た頃、英語のレベルは「ハロー」「グッバイ」の挨拶程度でした。そんな僕がここまでやってこれたのは、オーストラリアの社会制度と周囲の人々のおかげです。慣れない国での心細さ、助けられる喜びは誰でも同じ。いつかはその恩返しを日本に帰って実現したいと思っています。
<プロフィール>
本田一馬さん TAFE准看護師コース卒業(愛知県 名古屋市立工芸高等学校グラフィックアーツ科出身)
(1)オーストラリアに留学する前の自分…勉強には本気になれず、夢というものは特に考えたことがなかった。
(2)オーストラリアで得たもの…日本の外から自分を見るまなざし。
(3)オーストラリアのここが好き…She'll be right, mate!(きっとうまくいくさ!)と声を掛けてくれるところ。これはオーストラリアのスラングで仕事の場でもよく飛び交う。
(4)将来の夢…日本で外国人に優しい社会づくりに貢献したい。





















